Citations:唯物論

Japanese citations of 唯物論

  • 1893, 北村透谷, 頑執妄排の弊:
    唯理論、唯心論、もしくは又た唯物論、彼等何ものぞ、もしくは又た凡神教、彼等何ものぞ、彼等の一を仮ることなくんば、彼等の一に僻することなくんば、遂に人間の希望を達すること能はずとするか、何が故に唯心論を悪しとするか、何が故に凡神論を悪しとするか、何が故に唯物論を悪しとするか、又た何が故に彼等を善しとするか、空々漠々たる癖論家よ、民友子大喝して曰く、「ベベルの高塔を築かんとするは誰ぞ」と。
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  • 1902, 山路愛山, 透谷全集を読む:
    彼れは形而上を解すること能はざる『唯物論者』なり。
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  • 1909, 内田魯庵, 二葉亭四迷の一生:
    殊にダーウィン、スペンサー等の英国進化論を専ら研究したが、本来ヘーゲルの流れを汲む露国の思想に養われていたから、到底これらの唯物論だけでは満足出来ないで、終にコントに走って爰に初めて一道の曙光に接する感があった。
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  • 1918, 和辻哲郎, 『偶像再興』序言:
    古い偶像とともに力強く再興した唯物論も、新時代の自然科学的運動の動機となりながら、その花々しい新眼界展開の陰に隠されてしまった。
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  • 1924, 岸田劉生, ばけものばなし:
    昔、科学の力のなかった時代でもよく、賢明にして意志の強いような人物は、「世に変化の類あることわりなし」とか何とか明言しているが、その人が今日の唯物論を学んでいた訳はないので別に学術上の確かな論拠は持っていないはずである。
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  • 1928, 横光利一, 新感覚派とコンミニズム文学:
    もしもコンミニストが、此の文学の、恰も科学の持つがごとき冷然たる素質を排撃するとしたならば、彼らの総帥の曾て活用したる唯物論と雖も、その活用させたる科学的態度を、その活用なし得た科学的部分に於て排撃されねばならぬであろう。
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  • 1929, 平林初之輔, 昭和四年の文壇の概観:
    彼の物の見方が弁証法的唯物論の基準に従っている点である。
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  • 1930, 三木清, 認識論:
    即ち他のものが觀念論の立場にあるに對して、マルクス主義は唯物論の立場に立つてゐる。
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  • 1931, 戸坂潤, 啓蒙の現代的意味と役割とについて:
    夫は経験論乃至唯物論と並んでイギリスの地盤から発生した。
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  • 1932, 牧野信一, ゾイラス:
    彼は、あらゆる夢や粉飾を退けて、一元的唯物論の立場から諸々の自然現象を洞察しようとする堅い意志を持つた理論家であつた。
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  • 1933, 寺田寅彦, 科学と文学:
    しかし極端な自然科学的唯物論者におくめんなき所見を言わせれば、人間にとってなんらかの見地から有益であるものならば、それがその固有の功利的価値を最上に発揮されるような環境に置かれた場合には常に美である、と考えられるであろう。
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  • 1934, 土井晩翠, 「雨の降る日は天氣が惡い」序:
    また昭和七年夏刊行の新詩集『アジアに叫ぶ』の序の中に『今日思潮の渦卷き流るる中に唯物論及び之を基とする議論が猖獗であるのは西歐の物質的文明瓦解史上の當然の數かも知れぬが世道人心の上に最も有害のものは是である、唯物論は一切の神聖なるものに對する反抗である』と書いた。
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  • 1935, 夢野久作, ドグラ・マグラ:
    生命の神秘、夢の不可思議なぞいう科学界の大きな謎が、いつまで経っても不可解のままに取残されているのは、そうした「葭の髄から天井覗く」式の囚われた、唯物論的に不自由、不合理な……モウ一つ換言すれば科学に囚われ過ぎた非科学的な研究方法によって、広大無辺な生命の主体である細胞を研究するからである事が、ここに於て首肯されなければならぬ。
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  • 1936, 神西清, チェーホフの短篇に就いて:
    彼が自ら唯物論者と称していたことは周知の如くであるが、これは彼が文学上の医者であったことを意味するものに他ならない。
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  • 1937, 岸田國士, 北支物情:
    同氏の云ふところに従へば、この運動は東洋思想を指導精神とし、儒教的な道徳原理をかゝげて、唯物論の虚を衝かうとするものらしい。
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  • 1939, 幸田露伴, 努力論:
    唯物論も唯心論も、其の通處を既徹となし、其の塞處を未究となせば、皆成立ち得る。
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  • 1940, 三好十郎, 浮標:
    その証拠に、あの連中の言つてゐた唯物論なぞと言ふものだつてドンづまり迄突きつめて行くと、僕にや信じられなかつた。
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  • 1942, 中島敦, 狼疾記:
    確かに自分も彼ら蛮人どもの一人として生れて来ることも出来たはずではないのか? そして輝かしい熱帯の太陽の下に、唯物論も維摩居士も無上命法も、ないしは人類の歴史も、太陽系の構造も、すべてを知らないで一生を終えることも出来たはずではないのか? この考え方は、運命の不確かさについて、妙に三造を不安にした。
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  • 1947, 宮本百合子, 道標:
    伸子がよんだ只一冊の史的唯物論には、哲学に関係する表現としてその言葉がつかわれていたが。
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  • 1948, 坂口安吾, ヤミ論語:
    朝日新聞の報ずるところによると、加害者はその動機を、唯物論と観念論にまよい、救いを八重子との恋愛にもとめたが、幻滅を感じ、八重子を殺すことによって完全な救いが得られると信じた、と語っている。
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  • 1949, 永井隆, この子を残して:
    自作自演のこの悲劇は、最初の予想ではハッピーエンドに終わることに決定していたのだが、何しろ出演する人間なるものが、皆が皆天使でなかったため、台本を離れた演技を続出し、劇の筋は思いもよらぬ陰惨乱暴な方向へ転がって、いまでは唯物論者の監督の言葉の指導だけでは統一も調和もとれぬ状態となり、暴力と脅迫と陰謀とをもって無茶苦茶しゃにむに、筋書きを進めるよりほか、収拾の途は無いところまで立ち至っていて、うっかりすると出演の人類一同自殺をせねばならぬかもしれぬという、真に恐るべき破局をもって幕をおろすことになりそうだ。
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  • 1950, 久坂葉子, 落ちてゆく世界:
    とがめることはないわ、信二郎さんみたいに、唯物論者じゃないから死者の霊をまつりたい気持はあるわ、でも、金歯を抜くことが死者の霊に対して無礼だとは思わないわよ。
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